災害医療への想いからERへ。命と向き合う現場で見つけた『寄り添う看護』

Sさん(ER勤務/看護師4年目)
奈良県出身。青丹学園 関西学研医療福祉学院を卒業後、2021年に新卒で八尾徳洲会総合病院へ入職。ローテーション研修を経て、希望してER(救急外来)に配属。現在はER看護師として救急搬送対応や救命処置に携わりながら、カテーテル検査室やIVR(画像下治療)など急性期関連の業務にも従事。TMAT(徳洲会医療救援隊)の隊員として、能登半島地震の被災地支援も経験している。
<目次>
・TMATとの出会いが、進む道を変えた
・1年目からERへ “救急の最前線”を選んだ理由
・TMATとして能登へ─災害の現場で学んだこと
・質問され、試され、伸びていくー学べる環境
・急性期で、自分の可能性を試したいなら
|「体力あるし、向いてるんじゃない?」から始まった看護の道
私が看護師を意識するようになったきっかけは、小学生の頃に母から言われた一言でした。
「体力あるし、看護師向いてるんじゃない?」って言われて、「あ、そうなんだ」と素直に思ってしまって(笑)。家族や親戚に医療関係者がいるわけではないのですが、そこから自然と、将来の進路として「看護師」という選択肢を意識するようになりました。
|TMATとの出会いが、進む道を変えた
看護師になりたいという思いに、「どんな分野に興味があるか」がはっきりしたのは、学生時代にTMATの特別講演を聞いたときです。
徳洲会グループの先生が来られて、海外や日本国内での災害医療活動について講演してくださいました。そのときの先生のお話が本当に印象的で、当時の状況を思い出しながら、時には涙を流しながら話してくださいました。その姿を見て、「ここまで思いを込めて仕事をされているんだ」「やりがいを持って働くって、こんなに心を動かされることなんだ」と強く感じました。
「自分も将来、こうやって本気でやりがいを持てる仕事をしたい」
「災害医療に自分も挑戦してみたい」
そう思うようになって、徳洲会やTMATという存在が、一気に自分の中で大きくなりました。

|奈良を離れて、新しい環境での挑戦
就職活動では、「TMATとして活動できるチャンスがある徳洲会で働きたい」というのがまずありました。奈良にも徳洲会の病院はありましたが、新卒で就職するなら地元から少し離れてみたい気持ちもありました。
就職説明会などを通じて、大阪エリアのいくつかの徳洲会病院の話を聞く中で、私は八尾徳洲会総合病院が一番しっくりきました。病院の規模や地域トップクラスの救急、症例が豊富で「ここならいろんな経験ができそうだな」と感じました。また、お会いした人の雰囲気も自分に合いそうだなと感じました。
八尾なら近鉄電車で奈良から電車で1時間ちょっとという距離感も、帰省しやすくてちょうど良く、入職を決めました。福利厚生で家賃補助もしっかりあるので、一人暮らしも実現できました。
|1年目からERへ─ “救急の最前線”を選んだ理由
入職してからはローテーションで内科や外科の病棟も経験しました。どの病棟もそれぞれの良さがあって、継続看護という意味では病棟だからこそ見えるものもたくさんありました。その中でも、ERは毎日が刺激的でした。
救急搬送が次々と来て、患者さんの年齢も病態も背景も本当にさまざま。刻一刻と変わる状況に合わせて、検査や処置の優先順位を考えながら、チーム全員で動いていく。
もともと災害医療にも興味があって、「新卒のうちに、できるだけ幅広いことを学びたい」という気持ちも強かったので、継続看護も大事だと感じつつ、「知識を一気に吸収しやすいこの時期に、いろいろなケースに関わりたい」と考え、新卒1年目からER配属を希望しました。

|生と死が隣り合うERで、試され続ける日々
ERで働き始めて、CPA(心肺停止)の状態から始まる処置のスピード感には衝撃を受けました。
救急隊からホットラインで情報が入ってきて、「この情報から何が予測される?」と先輩や先生から聞かれて、自分なりに考えて答える。到着したら、検査や処置の優先順位を考えながら、チームで一気に救命処置を進めていきます。
助かったらそのまま入院へ、助からなければその場で家族さんへの説明に。さっきまで処置でいっぱいだった空間から、空気がガラッと変わります。
「ここは技術だけでなく、家族への関わりもすごく深く求められる現場なんだ」と感じました。
新卒の頃は本当に毎日が試練で、「全然できてなかったな」と落ち込むこともありました。それでもERの先輩方は熱心に指導しようと、救急搬送のたびに質問を投げかけてくれる。それに答えるために毎日勉強して、少しずつ、無理のない範囲でステップアップさせてくれました。それについていけたことで、「まだやれているのかな」「昨日の自分よりはましになっているのかな」と、小さな手応えを感じられるようになってきました。
今はリーダー業務も任せてもらうようになりましたが、「まだ一人前」とは思っていなくて、急性期の現場で必要な力を、今も積み上げている途中だと感じています。

|TMATとして能登へ─災害の現場で学んだ『寄り添う』ということ
学生の頃から憧れていたTMATには、2年目の冬にコース研修を受けて隊員登録しました。その後、能登半島地震の際に派遣の話があり、「行きたいです」と希望を出しました。病院はシフト調整もしてくださって、先輩たちも「頑張ってね」と送り出してくれました。熊本地震で派遣経験のある先輩から、事前に資料や準備物のことも教えてもらい、本当に心強かったです。
現地での活動は、私が想像していた“救命の現場”とは少し違っていて、一時避難所での生活支援が中心でした。要介護の方や歩行が難しい方のお世話など、ERとはまた違う知識と視点が必要で、生活全体を支えるケアの難しさを強く感じました。
そして何より、「気持ちに寄り添う」ということの難しさを痛感しました。私たちは派遣されてまだ3日目くらいなのに、被災された方は「もう10日経ちます」と話される。家は倒壊し、家族も心配で、眠れない日々が続いている。背負っているものの重さも、心の疲れ方も、全く違うんです。そういう中で本当に寄り添うというのは、簡単なことではないと感じました。
この経験をERに持ち帰ってからは、ご家族への説明のときの寄り添い方が少し変わったと思います。以前はどうしても病態の方に意識が向いていましたが、今は「この瞬間、ご家族がどんな気持ちでいるか」により目を向けて、気持ちを吐き出してもらえるところまで関わることを意識するようになりました。

|質問され、試され、伸びていく─ERの先輩たちと学べる環境
ERには、TMAT隊員として活動している先輩や、クリティカルケア認定看護師、特定行為研修を修了された先輩など、専門性の高い方が多くいます。
私がすごいなと思うのは、先輩たちの「勉強する姿勢」です。私から見ると“もう十分にできている”と感じるのに、「次はこの資格を取りたい」と話していたり。分からないことがあると、空いた時間に先生に質問して学ぼうとする姿をよく目にします。
そういう先輩たちの姿を見ていると、「自分もまだまだ上に行かないと」と自然に思えますし、「向上心を持って学ぶのが当たり前」という空気がERにはある気がします。
教育の面でも、ERはかなり手厚いと感じています。新卒1年半まではチューターの先輩がついてくれて、技術的なことだけでなくメンタルの相談もできますし、日々の振り返りも一緒にしてくれます。
また、最初にファイルのようなものを渡されて、「この技術ができたらチェック」「この疾患の理解ができたらチェック」といった技術・知識のチェックリストがあって、自分の到達度が可視化されるようになっています。
学んだことを、目まぐるしく変化する現場の中で問われて、試されて、その積み重ねが成長につながっていると感じます。

|急性期で、自分の可能性を試したいなら
八尾徳洲会総合病院のERは、救急搬送も多くて、患者さんの回転も本当に早いです。率直に言うと、とても大変な現場です。ただ、向上心がある人、やりがいを持って働きたい人には、ものすごく合う環境だと思っています。
若いうちから急性期の最前線で多様な症例に関わることができますし、TMATなど災害支援に挑戦できるチャンスもあります。
周りの同期からは「ERすごいね」「大変そうだね」と言われることも多いですが、私は病棟で継続看護をしている同期もすごいと思っています。それぞれの場所で、それぞれの形で頑張れる人が集まっている病院だと感じています。
急性期の現場で、自分の可能性を試してみたい方。災害医療やTMATにも興味がある方。ぜひ一度、八尾徳洲会総合病院のERというフィールドも、就職先の候補に入れてもらえたら嬉しいです。
(写真・インタビュー・文:MottoBrand 福井勝雄)
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